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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)2085号 判決

原告

野中美貴子

被告

松山昇

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金一〇四七万五八九九円及びこれに対する昭和五三年八月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告のその余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金二八九五万五七七〇円及びこれに対する昭和五三年八月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

左記交通事故が発生した(以下本件事故という。)。

(一) 日時 昭和五三年八月二三日午後三時二〇分ころ

(二) 場所 京都府船井郡八木町字八木小字鹿草一五八先路上(国道九号線)

(三) 被害車 普通貨物自動車(京四四ふ八九三〇号、以下原告車という。)

運転者 原告

(四) 加害車 普通貨物自動車(大阪一一た二六九号、以下被告車という。)

運転者 被告上辻

(五) 態様 被告車が本件事故現場(交差点)を右折進行したところ、対向道路を直進して来た原告車と衝突した。

2  責任原因

(一) 被告上辻は、右のように被告車を運転して交差点を右折する場合、右折の合図をするとともに対向して来る原告車の動静を注視し進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、自車進路前方を横断しようとする歩行者にのみ気をとられ、右折の合図をせず、原告車の動静を十分に注視しないまま漫然と時速約二〇キロメートルの速度で右折進行した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条による責任がある。

(二) 被告松山は、被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

3  傷害及び後遺症

原告は、本件事故により顔面裂創、左膝裂創、鼻骨々折、頭部外傷、前胸部打撲、右大腿打撲、右骨盤骨折、右寛骨臼骨折(股関節中心性脱臼)の傷害を負い、笠次病院に昭和五三年八月二三日から昭和五四年一月三〇日まで一六一日間入院し、次いで京都府立医科大学附属病院に昭和五四年一月三一日から同年四月一七日まで七七日間入院し、退院後同病院に昭和五六年四月二二日まで通院して治療を受けたが、右股関節中心性脱臼による変形性股関節症、顔面及び左膝部の瘢痕等の後遺障害を残した。

4  損害

(一) 治療費 金二〇〇万一六一五円

(1) 笠次病院分 金一八七万二四〇〇円

(2) 京都府立医科大学附属病院分 金一二万九二一五円

(二) 付添看護婦 金八三万三〇〇〇円

一日三五〇〇円の二三八日分

(三) 入院雑費 金二三万八〇〇〇円

一日一〇〇〇円の二三八日分

(四) 治療雑費(ポータブルトイレ、杖、靴カバー) 金一万七三〇〇円

(五) 逸失利益

(1) 休業損害

原告は主婦として家事労働に従事するほか本件事故当時ミカレデイ株式会社に勤務していたところ、本件事故による前記のとおりの損害のため昭和五三年八月二三日から症状固定日の昭和五六年四月二二日まで約三二か月間労働不能となり収入を得ることができなかつたが、その間少なくとも昭和五三年賃金センサス同年齢女子平均賃金に基づく収入を得ることができたであろうから、その間の得べかりし利益の喪失による損害は次のとおり金四四〇万三七四四円となる。

(算式)

(10万9600円×12月+33万6200)×1/12×32月=440万3744円

(2) 後遺症による損害

原告の前記後遺症のうち変形性股関節症による障害は今後悪化し、遂には人工股関節置換術を必要とするに至ることはほぼ確実で、その場合自賠責保険上自賠法施行令別表八級七号に該当し、顔面醜状の同表一二級一四号と併合して同表七級と認定されること等の諸事情を斟酌すると、原告は、六〇パーセント程度の労働能力を終生喪失したものというべきところ、症状固定日当時満三七歳で本件事故にあわなければ満六七歳までの間少なくとも昭和五六年賃金センサス同年齢女子平均賃金に基づく収入を得続けることができたであろうから、この金額を基礎とし、新ホフマン方式により中間利息を控除して後遺症による逸失利益の事故当時の現価を求めると次のとおり金二二一四万一〇五四円となるが、原告は本訴においてそのうち金一九一五万四五一一円を請求する。

(算式)

(13万6300円×12月+41万1200円)×6/10×18.029=2214万1054円

(六) 慰藉料

(1) 傷害分 金二五〇万円

(2) 後遺障害分 金六七〇万円

(七) 損害の填補

原告は被告らより治療費金二〇〇万一六一五円、損害内金三九〇万〇七八五円の弁済を、自賠責保険から金二九九万円の支給を受けた。

(八) 弁護士費用 金二〇〇万円

5  よつて原告は被告ら各自に対し右損害残金のうち金二八九五万五七七〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和五三年三月二三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実は認める。

同4のうち(一)、(七)の事実は認め、その余は争う。

三  抗弁

原告は、原告車を運転し最高制限速度時速五〇キロメートルを超える時速約六〇キロメートルで本件事故現場である交差点に差しかかり、交差点内に自転車を持つて立つている老人を認め危険を感じながら、依然として制限速度を超える時速約五五キロメートルで進行し、かつ同人の直後を対向進行して来た被告車を看過し本件事故を惹起したものであり、原告にも本件事故発生につき速度違反、減速不十分及び前方不注視の過失が存したのであるから、賠償額の算定に当つてこれを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生及び責任原因について

請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

したがつて被告上辻は民法七〇九条に基づき、同松山は自賠法三条に基づきそれぞれ原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  傷害及び後遺症について

原告が本件事故により顔面裂創、左膝裂創、鼻骨骨折、頭部外傷、前胸部打撲、右大腿打撲、右骨盤骨折、右寛骨臼骨折(股関節中心性脱臼)の傷害を負い、笠次病院に昭和五三年八月二三日から昭和五四年一月三〇日まで一六一日間入院し、次いで京都府立医科大学附属病院に昭和五四年一月三一日から同年四月一七日まで七七日間入院し、退院後同病院に同年四月一八日から昭和五六年四月二二日まで通院して治療を受けたことは当事者間に争いがなく、いずれも原本の存在とその成立に争いのない乙第八、第一〇、第一一号証、いずれも成立に争いのない甲第二ないし第七、第九号証、第一八号証の三、四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第一五、第一六号証、証人伴真二郎の証言及び原告本人尋問の結果によると、原告には、本件事故による右股関節中心性脱臼により右股関節の関節軟骨の損傷、同部位の関節裂隙の著しい狭小化及び骨頭、臼蓋の辺縁の不整がみられ、所謂変形性股関節症が生じ(右関節症を生じていることは当事者間に争いがない。)、このため、右関節の運動範囲自体の制限は然程ないものの、歩行困難(歩行は一本杖で可能な状態)、日常生活動作(長時間の立ち作業、椅子なしの座り作業等)の困難及び右股関節部の疼痛等の障害が残つたこと、そのほか顔面及び左膝部分には瘢痕が残存したこと(この点は当事者間に争いがない。)、ところで右後遺障害は昭和五六年四月二三日までに症状固定したが、右股関節の関節軟骨の損傷による変性は今後進行することが予想され、その治療として将来人工股関節置換術の手術を施行することにより元の正常な関節に近い人工関節の形成を図る必要が十分考えられるが、この場合その耐用年数、年齢等からみて原告については六〇歳ころに施行するのが最も適切であることが認められる。

三  損害について

1  治療費

原告が治療費として笠次病院に対し金一八七万二四〇〇円を、京都府立医科大学附属病院に対し金一二万九二一五円を負担したことは当事者間に争いがない。

2  付添看護費

前記甲第二号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故による傷害のため、笠次病院に入院中の昭和五三年八月二三日から少なくとも同年一二月三一日まで一三一日間付添看護を必要とし、母ら近親者が付添看護をなしたことが認められるところ、その間少なくとも一日当り金二五〇〇円を支出したことは容易に推認されるところであるから、付添看護費合計金三二万七五〇〇円の損害を被つたことが認められる。

3  入院雑費

原告が本件事故による傷害のため二三八日間入院したことは前判示のとおりであるところ、その間少なくとも一日当り金五〇〇円を支出したことは容易に推認されるところであるから、入院雑費合計金一一万九〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

4  治療雑費

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一二ないし第一四号証(いずれも原本の存在は当事者間に争いがない。)及び原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故による傷害のため、ポータブルトイレ代金九八〇〇円、歩行補助杖代金三五〇〇円、靴カバー代金四〇〇〇円を支払つたことが認められる。

5  逸失利益

(一)  休業損害

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は昭和一九年一月二九日生れの本件事故当時満三四歳の健康な女性であり、主婦として家事労働に従事するほかミカレデイ株式会社に勤務していたことが認められるところ、本件事故による傷害のため前認定の症状固定日である昭和五六年四月二三日まで労働不能であつたものと認められるが、その間少なくとも労働省作成の賃金構造基本統計調査報告昭和五三年「パートタイム労働者を除く労働者の年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額」産業計、企業規模計、女子労働者学歴計の満三四歳の女子一人当り平均月間給与額一一万四九〇〇円、年間賞与その他特別給与額三六万八六〇〇円(年間合計一七四万七四〇〇円)の収入を得ることができたものと推認されるので、次のとおり得べかりし利益金四六六万八〇二九円を得ることができず、同額の損害を被つたことが認められる。

(算式)

昭和53年8月23日から同年12月31日まで

(11万4900+36万8600/12)×9/31+(11万4900+36万8600/12)×4=62万4741

昭和54年1月1日から昭和55年12月31日まで

(11万4900×12+36万8600)×2=349万4800

昭和56年1月1日から昭和56年4月23日まで

(11万4900+36万8600/12)×3+(11万4900+36万8600/12)×23/30=54万8488

(1円未満切捨、以下同様)

(二)  後遺症による損害

前認定の原告の後遺障害の内容程度等に鑑みると原告は症状固定日(満三七歳)の翌日以降六〇歳まで二三年間その労働能力の三〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして原告はその間前記金額程度の収入(年間一七四万七四〇〇円)を得続けることができたものと推認されるので、右の額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、同額からホフマン方式(新)により中間利息を控除して、二三年間の逸失利益の現価を求めると次のとおり金七八八万六八八九円となる。

(算式)

174万7400×0.3×15.045=788万6889

6  慰籍料

前記認定の傷害の部位程度、入通院期間、後遺症の内容程度その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰籍料は金五五〇万円が相当である。

7  過失相殺

いずれも成立に争いのない乙第三ないし第七号証によると、本件事故現場は園部、福知山方面から京都、亀岡方面に通ずる国道九号線と右道路から八木町方面に通ずる町道本町線とが交差する信号機による交通整理の行われていないY字型交差点であること、原告は、本件事故当時原告車を運転し最高制限速度時速五〇キロメートルを超える時速約六〇キロメートルで園部、福知山方面から京都、亀岡方面に向け国道九号線を進行し本件事故現場(交差点)付近に差しかかつた際、進路右前方の同交差点出口で反対車線側端付近に横断するため自転車を持つて立つている老人を認め、危険を感じ時速約五五キロメートルに減速し、次いで反対車線上の同人の後方を同交差点に向け対向進行して来る被告車を認めたが、同車に右折する気配が見受けられなかつたところから同一進路を直進するべく進路前方を注視しながら同交差点に同一速度で進入しようとしたところ、被告車が老人において横断しかけたので右折の合図をしないまま急に同交差点内を右折進行して来たため、急遽ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切つたが間に合わず原告車前部を被告車前部に衝突させたことが認められる。

右認定の事実によると本件事故発生については原告にも安全な速度に調整することなく最高制限速度を超える速度で交差点を進行しようとした過失があり、その他の諸般の状況を考慮すると、原告の過失割合を一割とするのが相当である。

そうすると前記損害合計額二〇五二万〇三三三円を右割合で過失相殺すると金一八四六万八二九九円となる。

8  損害の填補

原告が本件事故につき被告らから金五九〇万二四〇〇円を受領し、自賠責保険から金二九九万円を受領したことは当事者間に争いがないので、右金額を前記損害額から控除するとその残額は金九五七万五八九九円となる。

9  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告は本件損害賠償事件解決のため原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の報酬等の支払を約したことが認められるところ、そのうち被告らに負担させるべき弁護士費用は金九〇万円が本件事故と相当因果関係ある損害と認める。

四  よつて原告の本訴請求は原告ら各自に対し金一〇四七万五八九九円及びこれに対する本件事故日である昭和五三年八月二三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して(なお仮執行免脱の宣言を付するのは相当でないからこの申立は却下する)、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

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